AI×金融工学

金融工学はどのようにAIに向き合うべきか

話し手: 首都大学東京大学院社会科学研究科 木島 正明教授

これまで金融におけるデータ処理や分析には古くから金融工学の理論が利用されてきた。その中で、近年金融分野においてもAIの活用方法の検討が進められている。そのような時流の中で、これまでの伝統的な金融工学はどうあるべきか?また、どうAIに向き合っていくべきか?について、日本における金融工学の第一人者である首都大学東京大学院の木島 正明教授に話を聞いた。

木島先生は、日本を代表する金融工学ないし金融数理モデルの専門家でいらっしゃいますが、近時の機械学習・AIといったデータサイエンス的な手法をどのようにとらえておりますでしょうか。

私のなかでは、金融工学を金融の諸問題に対して工学的に対処する手法の総称だと定義しています。従って、確率統計をベースとした数理モデルも、データサイエンスをベースにした機械学習・AIも双方補完関係にあるという認識です。大事な点は、モデルをベースにしたアプローチもデータをベースにしたアプローチも双方熟知した上で、解決すべき課題をすっきりと定義して、その解決にあたるということです。金融それ自体に知悉していて解決すべき問題を判断でき、その解決手段として数理モデルも、機械学習・AIも存在しています。

これまでの数理モデルや伝統的な統計的手法と機械学習・AIの相違ないし相互関係といった点はどのようにとらえておりますでしょうか。

モデルというのは現象の細かいところは捨象して、重要なところだけを浮き彫りにする、従って、ある程度少ないデータでも理論はできるし数学にものるので、使うデータに納得感があり、モデルにも納得感があれば受け入れられるものです。納得感とわかりやすさです。

一方、モデルを想定せずにデータドリブンでビッグデータにアプローチする場合、基本的にブラックボックスになるので、出てきた結果の解釈に対して、納得感やわかりやすさという点で難しさを伴います。

一定以上のデータサイズにならないと機械学習・AIアプローチは不向きであるとか、そういった論点も重要ですが、いったんデータサイズは気にせず、双方の手法を試してみてしっかり比較検討することが大事だと思います。もっと大事なのは、双方から出てきた結果を比較解釈できる能力のある人が取り組まないといけないということです。

データをAIや機械学習分析ツールに丸投げして、ブラックボックスのまま出た結果を鵜呑みにするという傾向が世の中的に目につくのですが、これが一番悪い。これは金融に限らずどんな世界の問題に対しても絶対駄目ですね。ブラックボックスのなかから出てくる結果のみを信じて、前回はうまくいきました、今回はなぜかたまたま失敗しました、で終わっていると、賢くなりません。金融のリスク管理でたまたま間違った、は許されないでしょう。

AIの結果から得られるなんらかの示唆や人間の固定観念の打破といった観点からエキスパートが解釈し、利用者自身が深く学習していくプロセスがないと、金融リスクのように典型的なパターンではない局面に遭遇したときに破裂してしまう可能性が非常に高いと思います。そういう意味では、あてはめる問題そのものに対する知見も必要です。

金融領域での機械学習・AIの活用領域について、例えば、リスク管理領域と投資運用領域それぞれについてみた場合、いかがでしょうか。

まず、リスク管理領域についてですが、今求められているリスク管理は99%とか99.9%のテール領域での話になっていて、AIを使うことで確率の正確性をその領域のなかで向上させるのは相当大変だろうという気はしています。ただし、99%の世界は人間の経験、直感や固定観念ではイメージし難いことが多いので、機械から得られる示唆にも重要性があるかもしれません。ストレスシナリオに対する示唆などにもつながっていく可能性も考えられます。

さらに、使えそうだなと思っているのは、予兆管理の領域です。究極のリスク管理は、世界のお金の流れを全部捕捉することだと思いますが、それをタイムリーかつ完璧に行うのは不可能です。

なので、例えばですが、その代理情報として、衛星の画像から世界中の夜間電力量の時系列データなどを収集解析することでなんらかの変化や転換点の予兆をモニタリングするといったリスク管理に新たな可能性を感じます。

また、株の情報が最も先行するとして、それよりも先行するなんらかの予兆管理ができないかという課題があったとすると、翌日とか翌週とかという短期的先行性に目を向けても難しいので、先ほどの画像データなども含めた膨大なデータ群のなかからなんらかのトレンド成分を抽出できるかどうかだと思います。そのトレンド成分の将来へ向けた潮流からして半年後とかそういったスパンで洞察することが予兆管理では重要です。

次に、投資運用の領域ですが、現実が複雑すぎて数理モデルにのりにくいのが実情です。従って、金融工学の理論もかなり昔の理論を大枠で超えていません。投資運用の領域において、機械学習・AIを利用するというケースは増加していますが、短期を追いかけるパターンが多いのではないかと思います。

金融の場合、取引で銘柄をつくるメカニズムですから、ずっと同じ手法で勝てることは有り得ないし、過去のデータで一定以上先の将来を予測することも不可能です。将来に対する持続性というのが弱いのです。米国の著名な学者が美人投票に例えましたが、大事なのはだれが一番美しいかではなく、だれに投票するかを予測すること、そして予測され選ばれた銘柄が美人である必要はない。普遍性といったものがない世界です。

多数の人がAIで投資を始めたら、AIは同じ学習をして、特定の銘柄についてAIバブルを発生させてしまうかもしれませんね。投資の世界やAIの特性に由来する怖さがあります。

AIではなかったですが、2003年ころの金利のVARショックを想起しますね。既にふれていただいている点もあるかと思いますが、機械学習・AIの活用において、先生からみて問題だと思う点や、気になる点などはいかがでしょうか。大事なので再度お願いいたします。

何も学ばないまま利用が進むとしたら大きな問題です。学ぶような仕掛けに配慮すること、出てきた結果を常に解釈すること、こうした枠組みが重要です。また、機械学習・AIがよさそうだからというので、それに1点集中するというのは駄目で、いろんな手法や人文科学的知見なども併用しながら、使っている人間が賢くなるような仕掛けを作っていく必要があります。「解釈」がないということは、適用・展開ができないということと同義です。

昔、流行ったニューラルネットと現在のものと原理的には大きく変わったわけではないのですが、計算パワーが格段に変わった。その結果、昔は1レイヤーか2レイヤーでやっていたのが、今は10以上のレイヤーで

できるようになった。昔からあるビールとおむつ的な話じゃないですが、昔は非常にわかり易い結果が得られた。

いまは複雑になったために、たまたま瞬間的にうまく説明できただけなのか、普遍的に説明できているのか、ほかに適用したらどうなるのか等々、そういう意味での展開が非常に難しくなっています。

それから、オーバーフィッティングが必ず起きるのでこれへの対応。オーバーフィッティング対策として、検証を手厚くしてこれを防止しているなどよく耳にしますが、十分に行われているとは言えない気がします。同じデータでもいろんなデータの切り口(例えば、データに片寄りをもたせるなど)で解が変わるわけですが、解が変わることに対して、どう解釈し、どう理由付けするかという訓練をきちんと積み上げていく必要があると思います。時間や工数がすごくかかることだから適当なところで終了しているのではないでしょうか。

伝統的な統計モデルであれば、何が変わったかは、使われている個別ファクターの違いをデータで追っかければすぐにわかるわけですが、ビッグデータ&AIの世界ではそうはいかないので、その世界での検証手法やその仕掛けを磨く必要があります。きわめて地道な作業の積み重ねになります。そうした検証の積み上げや習熟がないと、機械学習・AIに頼っているなかで、何か問題があったときにお手上げになります。

木島先生は、海外の研究者や実務家と頻繁に交流されていますが、機械学習・AI領域で、世界と日本を比べてお感じになることはどんなことでしょうか。

世界特に米国のデータサイエンティストと日本を比較して、以下3点のことを強く感じます。

  1. 専門家の数が足りない。特にAクラスの人材が圧倒的に少ない。
  2. 課題設定すなわち目利きができる人材がいない。何のために、道具を使い分けるかといった全体のデザインを描く部分が弱い。道具が先にあって、それを振り回しているというのが多い。
  3. 検証作業を徹底的にしつこく行う気迫や根性がまったく違う。

日本がこの分野で太刀打ちしようと思ったら、上記3点をなんとかしないと飛躍しないですね。

日本の大企業組織の一定幅の報酬システムでは、根性や気迫を持続する動機づけに欠けるということでしょうか。それでは、先生がイメージするAクラスのデータサイエンティストとはどんな人でしょうか。

データサイエンスの一番大事なところは、とにかくデータに触って結果をきちんと検証するということを、時間を厭わないで、くりかえしやるということだと思います。

時間を厭わない地味な検証作業の繰り返しです。経験からさまざまな怖さや痛みを知っている人たちで、怖いから徹底的に検証するし、いろんな検証方法を熟知しているといった分析者がAクラスのデータサイエンティストでしょう。

繰り返しになりますが、中身がブラックボックスになるほど、検証に係わる経験的知見の重要性が増します。日本ではそのような人材は圧倒的に少ないと思います。

Profile

首都大学東京大学院社会科学研究科
木島 正明 教授

略歴:
1985年  東京工業大学理工学研究科情報科学専攻博士課程修了(理学博士)1986年 米国ロチェスター大学経営大学院博士課程修了(Ph.D.)
東京都立大学経済学部教授、京都大学大学院経済学研究科教授などを経て、2006年より現職。

2018年より広島大学に設置される情報科学部学部長(予定)